給与アップにつながる「保育士の処遇改善手当」とは
「子どもが好きだから、保育士になれたら良いな」と思う方は、たくさんいると思います。しかし、最近テレビやニュースで取り上げられている保育士の処遇に関する問題を見聞きして、悩んでいる人もいるのではないでしょうか。
現在、国や自治体では保育士の処遇を改善するために、さまざまな取り組みを進めています。今回は、政府が実施している保育士の処遇改善の仕組みについて、解説します。
処遇改善等加算とは

概要
共働き家庭が増えていることもあり、未就学児とその家族が安心して暮らすために、保育士は必要不可欠な存在です。
子どもが保育園に入園できない待機児童問題をクリアにするために、保育施設の数自体は増加傾向にあります。しかし、そこで働く保育士がいなければ、保育園を開くことはできません。保育園の数に対して保育士が不足しているのが現状です。
そこで、政府は保育士のイメージアップを図り、保育士志望の学生を増やすこと、そして保育士資格を保有しているものの、仕事をしていない潜在保育士にも活躍できる場を提供することを目的とし、政府は2015年に「処遇改善等加算」をスタートしました。
処遇改善等加算は、保育士の労働環境・処遇を改善する施策です。
給与アップと、新役職設置で保育士のキャリアパスを明確にし、保育士という職業をより魅力的にすることを目的としています。
処遇改善等加算は、認可保育所が対象となっており、受給には保育園が手続きを行う必要があります。仮に要件を満たしていても、保育園側が申請していなければ受給はできないということを知っておきましょう。
保育士の平均年収と処遇改善の効果
処遇改善等加算の効果を見るために、処遇改善等加算が実施された2015年から2023年までの保育士の平均給与推移と、2015年~2020年までの保育士の人数の推移を確認してみましょう。
■保育士の平均年収(2015年~2023年)
企業規模計(10人以上) | |||
年 | きまって支給する現金給与額 | 年間賞与その他特別給与額 | 年収 (※計算式) |
2015年 | 219,200円 | 603,000円 | 約323万円 |
2016年 | 223,300円 | 588,200円 | 約327万円 |
2017年 | 229,900円 | 662,500円 | 約342万円 |
2018年 | 239,300円 | 707,700円 | 約358万円 |
2019年 | 244,500円 | 700,600円 | 約363万円 |
2020年 | 249,800円 | 747,400円 | 約375万円 |
2021年 | 256,500円 | 744,000円 | 約382万円 |
2022年 | 266,800円 | 712,100円 | 約391万円 |
2023年 | 271,400円 | 712,200円 | 約397万円 |
参考:
2015年~2019年…令和元年賃金構造基本統計調査
2020年~2023年…令和5年賃金構造基本統計調査
※きまって支給する現金給与額×12か月分+年間賞与その他特別給付額
■保育士の人数(2015年~2020年)
年 | 保育士の人数 |
2015年 | 38.1万人 |
2016年 | 39.4万人 |
2017年 | 41.2万人 |
2018年 | 43.9万人 |
2019年 | 46.4万人 |
2020年 | 47.9万人 |
これらの表から、保育士の平均給与と人数は年々増加傾向にあることが確認できます。保育士の人材確保の取り組みとして、国が進める制度のひとつである処遇改善等加算が、良い影響をもたらしているのではないでしょうか。
処遇改善加算の種類と一覧表
処遇改善加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの「要件一覧表」
処遇改善加算Ⅰ(勤続年数)
対象者:非常勤を含む全職員(パート・派遣保育士・事務員・給食調理員なども対象)
対象の施設:認可保育園(公立保育園、私立保育園、小規模保育事業、企業主導型保育事業など)
金額:施設の平均勤続年数に応じて月額12,000円~最大38,000円(給料の2~12%)
分配方法:基本給、手当、賞与又は一時金等のうちから改善を行う賃金の項目を特定し、毎月払いまたは一括払い
期間:2013年~継続中
処遇改善加算Ⅱ(役職)
対象者:約3年以上の保育士経験(所定のキャリアアップ研修を修了し役職に任命された職員)※人数制限あり
対象の施設:認可保育園(公立保育園、私立保育園、小規模保育事業、企業主導型保育事業など)
金額:
・職務分野別リーダー 月最大5,000円アップ
・専門リーダー 月最大40,000円アップ
・副主任保育士 月最大40,000円アップ
分配方法:役職手当、職務手当など職位、職責又は職務内容等に応じて、決まって毎月支払われる手当又は基本給
期間:2013年~継続中
処遇改善加算Ⅲ
対象者:非常勤を含む全職員(パート・派遣保育士・事務員・給食調理員なども対象)
対象の施設:認可保育園(公立保育園、私立保育園、小規模保育事業、企業主導型保育事業など)
金額:処遇改善等加算Ⅲの計算式に基づいた額
分配方法:基本給、手当、賞与又は一時金等のうちから改善を行う賃金の項目を特定し、毎月払いまたは一括払い
期間:2022年2月~終了日未定
処遇改善等加算Ⅰについて

処遇改善等加算には、「処遇改善等加算Ⅰ」「処遇改善等加算Ⅱ」「処遇改善等加算Ⅲ」の3つがあります。
2015年に導入された処遇改善等加算Ⅰは、保育園にいる職員の平均勤続年数で加算率がアップする制度です。保育士の賃金ベースアップを目的としてスタートした制度となっています。
対象となる保育士
常勤職員、非常勤職員(パートや派遣などを含む)、保育士以外の事務員、給食調理員
条件
1日6時間以上、かつ月20日以上勤務していること
加算方法
施設職員の平均勤続年数によって、加算率が変動します。以下の3要素で構成されています。
【基礎分】
各施設の平均勤続年数によって、賃金に2〜12%上乗せされるのが、基礎分です。
対象となる全職員の勤続年数の合計を、対象となる職員数で割った値を、施設の平均勤続年数とします。
加算額は昇給等に適切に割り当てることが定められています。
【賃金改善要件分】
加算当年の前年度を基準とした賃金改善計画書と、実績報告書を提出している保育園に加算されるのが、賃金改善用見分となります。
こちらの加算額は、賃金に対して5%、平均勤続年数が11年以上の園に対しては6%となっており、加算額は職員の賃金の改善に割り当てることが取り決められています。
また、この賃金改善要件分には、キャリアパス要件分というものがあらかじめ加算されています。施設全体のキャリアアップに向けて、以下の取り組みを行っている施設に加算されます。
・全職員に周知した上での計画的な研修実施や機械の確保
・役職・職務に応じた勤務条件や賃金体系設定
要件を満たしていない場合は、賃金改善要件分から2%減額される仕組みとなっています。
処遇改善等加算Ⅱについて
2017年にスタートした処遇改善等加算Ⅱについては、園長、主任保育士などの管理職を除いた、一定以上の実務経験を持つ職員を対象としています。
これまで、一般保育士の次なる役職は主任保育士でしたが、一般的に主任保育士になるためには約20年、園長になるためにはおよそ25年かかるとされていました。
新卒で保育士になった後、20年間継続して仕事を続けるというのは、人生においても変化の多い時期ですから、なかなか難しいのが実情です。
実際、独立行政法人福祉医療機構が実施したアンケートでも、最も多い保育士の平均勤続年数は9年以上12年未満となっています。
参考:独立行政法人福祉医療機構「2020年度 「保育人材」に関するアンケート調査」
そこで、処遇改善等加算Ⅱでは、新役職を設置しました。
役職を細分化することにより、キャリアアップに必要な時間を短縮し、若手保育士や中堅保育士のキャリアパス構築を後押ししようという制度が、処遇改善等加算Ⅱなのです。
処遇改善等加算Ⅱで新たに設置された役職
処遇改善等加算Ⅱで新たに設置されたのは、以下の役職です。
職務分野別リーダー
ポジション:
一般保育士の上の立場となる、若手リーダー
対象となる保育士:
3年以上の保育経験
条件:
・6分野のキャリアアップ研修のうち1つを修了していること
・保育園から修了した研修分野の職務分野別リーダーとして発令されていること
加算方法:
月額5,000円
上限人数:
園長と主任保育士を除いた全職員数(給食調理員や事務員も含む)の5分の1
副主任保育士
ポジション:
主任保育士に次ぐ中堅のリーダー
対象となる保育士:
7年以上の保育経験
条件:
・6分野のキャリアアップ研修のうち3つを修了していること
・今後、主任や園長といった保育園の運営を担うポジションへのキャリアアップを視野に入れるステップとして、マネジメント研修を修了していること
・保育園から副主任保育士として発令されていること
加算方法:
月額40,000円
上限人数:
園長と主任保育士を除いた全職員数(給食調理員や事務員も含む)の3分の1
専任リーダー
ポジション:
副主任保育士と同様に、主任保育士に次ぐ中堅のリーダー
対象となる保育士:
7年以上の保育経験
条件:
・6分野のキャリアアップ研修のうち4つを修了していること
・保育園から専任リーダーとして発令されていること
加算方法:
月額40,000円
上限人数:
園長と主任保育士を除いた全職員数(給食調理員や事務員も含む)の3分の1
参考・出典:こども家庭庁「施設型給付費等に係る処遇改善等加算について」
園長と主任保育士を除いた全職員数が30名の園だった場合
職務分野別リーダーは、園長と主任保育士を除いた全職員数(給食調理員や事務員も含む)の5分の1が上限ですから、最大6人となります。
副主任保育士と専任リーダーは、園長と主任保育士を除いた全職員数(給食調理員や事務員も含む)の3分の1が上限ですから、最大10人となります。
もし、キャリアアップ研修を受けて要件を満たしたとしても、務めている保育園の各役職の枠が埋まっている場合などは、その役職になれるとは限りません。
その点については、あらかじめ勤務している園に確認しておきましょう。
給付額について
例えば、専門リーダーが3人、副主任保育士が2人いた場合、月額4万円×5人=20万円が保育園に給付されます。
しかし、その金額が全て手当として支給されるわけではなく、内訳に関してはその一部をほかの職員に分配しても良いとされています。
園の方針次第で使い道が変わってくるということを、理解しておきましょう。
キャリアアップ研修とは
処遇改善等加算Ⅱの対象となるためには、以下のキャリアアップ研修6分野のうち、条件として定められた数の研修を修了している必要があります。
・乳児保育
0歳〜3歳未満の乳児を対象とした乳児保育の意義や、乳児の発達に適した保育、関わり方について学びます。
・幼児教育
3歳以上の幼児を対象とし、幼児教育の意義や、発達に応じた保育、小学校教育にスムーズに接続するための留意点などについて学びます。
・障害児保育
障害への理解や、障害児保育の指導計画の立て方について学びます。
・食育・アレルギー
食育計画作成とその活用方法、アレルギー疾患について、保育所における食事提供のガイドライン、アレルギー対応ガイドラインについて学びます。
・保健衛生・安全対策
安全対策への理解を深めて、子どもたちを守る能力を身につけます。
・保護者支援・子育て支援
保護者に対する相談援助や、地域の子育て支援、虐待予防、関係各所との連携について学びます。
キャリアアップ研修は都道府県単位で実施されていますが、研修終了後には終了証が発行されます。終了証は、日本全国で認められるものとなり、引越しをしたり、転職をしたり、ライフイベントを挟んでキャリアを中断したとしても、保育士として再び仕事をしたいと思ったときには有効となります。
処遇改善等加算Ⅲについて

国は、保育教育現場の職員の処遇改善のために、令和4年2月から9月までの特例事業として、月額9,000円の賃上げを行う施策を発表しました。当時は一時的な措置と思われましたが、令和4年7月に正式に公定価格となることが発表されました。つまり、令和4年10月以降も実質的に賃金のベースが継続して上がったことになります。
ただし、ベースアップ後も一律に全員9,000円上がったままというわけではなく、令和5年以降は算定方法が変更されています。
詳しくは、こども家庭庁のホームページをご覧ください。
処遇改善等加算Ⅰ~Ⅲの違い
処遇改善等加算Ⅰ~Ⅲには具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
対象者
【処遇改善等加算Ⅰ】
処遇改善等加算は、認可保育園などに勤務している正規職員、1日6時間以上、かつ月20日以上勤務している非正規職員全てが対象です。
保育士に限らず、給食調理員や、事務員も対象となっています。
【処遇改善等加算Ⅱ】
処遇改善等加算Ⅱについては、およそ3年以上の保育士経験があり、キャリアアップ研修を規定されている数修了している保育士が対象です。
保育士に限らず、一定の条件を満たしている全ての職員を対象とする処遇改善等加算Ⅰ、保育士として3年以上の経験があり、キャリアアップ研修を修了していることが条件の処遇改善等加算Ⅱ、それぞれ対象が異なることを知っておきましょう。
【処遇改善等加算Ⅲ】
処遇改善等加算は、認可保育園などに勤務している正規職員、1日6時間以上、かつ月20日以上勤務しているパートなどの非正規職員全てが対象です。
保育士に限らず、給食調理員や事務員も対象となっています。
給与アップについて
給与アップについては、以下のような違いがあります。
【処遇改善等加算Ⅰ】
処遇改善等加算Ⅰでは「基礎分」「賃金改善要件分」「キャリアパス要件分」で加算率が変動します。
【処遇改善等加算Ⅱ】
処遇改善等加算Ⅱでは、職務分野別リーダー給与に月額5,000円、専門リーダーと副主任保育士には月額で最大40,000円がプラスされます。
【処遇改善等加算Ⅲ】
申請があった施設に対して、処遇改善等加算Ⅲの計算式に基づいた額が支給されます。
処遇改善等加算Ⅲの計算式=11,000×加算Ⅲ算定対象人数÷各月初日の利用子ども数
手当の配分方法
処遇改善等手当は、国から直接支給されるものではありません。
全職員の合計加算金額を保育園などに国がまとめて支給し、そこから先はそれぞれの園が独自の規定で「誰に」「いくら」配分するかを決めます。
【処遇改善等加算Ⅰ】
処遇改善等加算Ⅰについては、職員が適切な昇給を受けられるように、基礎分に関しては基本給または手当などに充当することが義務づけられています。
賃金改善要件分に関しては、賃金上げに必ず役立てるということを前提に、賞与として職員に還元することもできます。また、同一法人内であれば、ほかの施設の職員に充当しても良いことになっています。
【処遇改善等加算Ⅱ】
処遇改善等加算Ⅱでは、支給された補助金の一部を以下の要件を満たせばほかの保育士に分配することが認められています。
保育園が分配を決めますから、必ず満額を受け取れるとは限らないことを知っておいてください。
【処遇改善等加算Ⅲ】
上乗せされた加算分の金額は、対象者の基本給、手当、賞与又は一時金等のうちから、改善を行う賃金の項目を特定し、毎月払いまたは一括払いされます。
処遇改善等加算が抱える問題点
処遇改善等加算は、勤務する保育士自身が「給与に適性に反映されている」となかなか実感しにくいものと言われています。
処遇改善等加算は基本的に全額職員の賃金上げに充てることを定められていますが、園によっては基本給を下げて実質の給与額が変わらないように調整したり、全員に割り当てられなかったりと、さまざまな問題を抱えているのも事実です。
処遇改善等加算を自分はいくら受け取っているのか疑問に思ったら、給与明細で確認することができます。
基本給とは別に記載されているはずですから、そちらを確認してみてください。
処遇改善等加算を理解して保育士としてのキャリアビジョンを描こう
保育士処遇改善等加算は、優秀な保育士人材を確保し、未来ある子どもたちにより質の高い保育を提供することを目的としてスタートした取り組みです。
また、保育士自身が安心して長く保育士として活躍し続けられるように、給料の底上げやキャリアアップ研修の仕組みとして構築されたものでもあり、実際に保育士を取り巻く環境は改善されつつあります。
各自治体でも、独自で保育士を対象とした家賃補助や研修を実施しているケースもありますから、活用できるものはないか、しっかりと調べてみてくださいね。

保育に関わる方たちとの交流を通じて、役に立つ情報を発信していきます。
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